鑑識と聞くと、刑事ドラマのように科学の力で一瞬で犯人を特定する、スマートで華やかな仕事を想像する人も多いでしょう。
しかし実際の鑑識作業は、地味で根気が必要で、強い緊張感の連続です。中でも最も神経を使うのがDNA採取。
特に犯罪事件では、目に見えない証拠を探し出す技術だけでなく、被害者の心情に配慮しながら作業を進める繊細さが求められます。
この記事では、元鑑識警察官の経験をもとに、鑑識作業のリアルと「一番神経を使う瞬間」について、ドラマでは描かれない現場の実情をわかりやすく解説します。
鑑識作業で一番神経を使う瞬間とは?
刑事ドラマやニュースで活躍する「鑑識」。
「鑑識」と書かれた作業服で現場を歩き、指紋やDNAを採取、科学の力で犯人を特定する。そんなイメージを持っている人も多いのではないでしょうか。
実際に、鑑識は事件解決に欠かせない重要な役割を担っています。
しかし、現場で行われている鑑識作業は、ドラマのように派手なものではありません。むしろ、地味で根気が必要で、そして何より神経をすり減らす仕事です。
私が鑑識として働いてきた中で「一番神経を使う」と感じていたのが、DNA採取でした。特に、性犯罪事件におけるDNA採取は、技術面だけでなく精神面でも非常に大変な作業です。
鑑識の仕事はドラマとどう違う
実際の鑑識と刑事ドラマの違いを見ていきましょう。
華やかに描かれる鑑識のイメージ
刑事ドラマでは、鑑識が登場すると、
「現場からDNAが出ました」
「指紋が一致しました」
と、あっという間に捜査が進みます。
数分のシーンで結果が出て、犯人が特定されることがほとんどです。
このイメージから、鑑識は「科学捜査のエリート」「頭脳派の仕事」と思われがちです。
実際の鑑識作業は地味で根気勝負
しかし、現実の鑑識作業はまったく違います。現場に派手な証拠が落ちていることはほとんどありません。
指紋もDNAも、最初から「ここにありますよ」と分かる形で存在しているわけではないのです。見えないものを想像し、可能性を一つひとつ潰していくのが鑑識の仕事です。
時間をかけて現場を確認しても、何も結果が出ないことも珍しくありません。
それでも手を抜くことはできず、集中力と忍耐力が常に求められます。
鑑識作業で一番神経を使うのは「DNA採取」
全ての作業で神経を使いますが、一番神経を使うのはDNA資料の採取です。
DNA資料は目に見えない証拠
鑑識作業の中でも、DNA採取は特に難易度が高い作業です。
指紋であれば、粉末を使って浮かび上がることがありますし、血液であれば肉眼で確認できる場合もあります。
DNAの資料は、唾液や汗、皮膚片などな含まれますが、基本的に目に見えません。
現場では「ここにDNAがあるはずだ」と推測しなければ、そもそも採取することすらできないのです。
どこにDNAが残っているかを想像する力
DNA採取で最も重要なのは、経験と想像力です。
- 犯人がどこを触ったのか
- どのように被害者や物に接触したのか
それらを一つひとつ頭の中で再現しながら、採取場所を絞っていきます。
漫然と「とりあえずここも採ろう」というやり方では、意味がありません。限られた時間と資材の中で、最も可能性の高い場所を見極める力が必要になります。
特に神経を使う「性犯罪事件のDNA採取」
女性の捜査員や鑑識員が特に悩むのは性犯罪事件の鑑識作業です。
被害者の身体から採取するという重さ
DNA採取の中でも、特に神経を使うのが性犯罪事件です。
被害者の身体から、唾液や皮膚片などのDNAを採取することになります。
この作業は、単なる鑑識作業ではありません。 被害者にとっては、事件の記憶を思い出させるつらい時間でもあります。
だからこそ、鑑識には技術だけでなく、配慮と慎重さが求められます。
正確な聴取が鑑識の質を左右する
性犯罪事件では、DNAがどこに残っているかを把握するために、被害者から話を聞く必要があります。
- どこを触られたのか
- 舐められた可能性はあるのか
- どのような状況だったのか
これらを正確に把握しなければ、適切な採取はできません。
しかし、被害者にとっては話すこと自体が苦痛です。無理に聞き出すことはできませんし、時間も限られています。
鑑識として、事件解決のために必要な情報を得ながら、被害者の心情にも配慮する。このバランスは非常に難しく、精神的な負担も大きいです。
被害者の心情と向き合いながら行う作業
「早く採取しなければ証拠が失われる」
「でも、被害者を急かしてはいけない」
この葛藤の中で作業を進めるのが、性犯罪事件のDNA採取です。一つの判断ミスが、証拠の消失につながる可能性もあります。
だからこそ、鑑識は常に強い緊張感の中で作業を行っています。
DNA鑑定はすぐに結果が出るわけではない
刑事ドラマでは、捜査員や鑑識員が責任者に対して「DNA出ました。犯人の指紋と一致しました」と言うシーンが多く見られます。
実際はどうなのでしょうか。
鑑定結果が出るまでの時間
ドラマでは、採取したDNAがその日のうちに一致することもありますが、事実ではありません。
DNA鑑定の結果が出るまでには、早くても2〜3日はかかります。
場合によっては、さらに時間が必要なこともあるので、捜査員と協力しながら捜査を進めていきます。
現場で採取する人と鑑定する人は別
また、現場でDNAを採取する鑑識と、鑑定を行う担当者は別です。
現場で鑑識を行っているのは警察官ですが、鑑定をするのは警察官ではありません。事件が裁判になったとき、不正があったのではないかと疑われないようにするため、それぞれの仕事は分けられています。
つまり、現場での採取が不十分であれば、どれだけ優秀な鑑定技術があっても意味がありません。
鑑識は、後工程を担う人たちのために、最善の状態で証拠を引き渡す責任があります。
地味だけど確実に捜査を前に進める仕事
床に這いつくばって足跡を探したり、出るかどうかわからない指紋を出すために粉をポンポンしたり、鑑識の仕事は地味なものが多いです。
一つの証拠が事件を動かす
鑑識の仕事は目立ちません。成果が出るまでに時間もかかります。
それでも、鑑識が採取した小さなDNAや指紋が、事件解決の決定打になることがあります。それまで動かなかった捜査が、一気に前に進む瞬間です。
自分が採取した証拠がヒットした瞬間
自分が現場で採取したDNAや指紋が、被疑者にヒットしたと聞いたときの達成感は忘れられません。
私が未だに覚えているのは、わいせつ事件で被害者の身体からDNA資料を採取したときのことです。他に犯人につながる証拠がなく、防犯カメラの映像も不鮮明でした。
DNAは目に見えないものであり、身体からのDNA採取は一際難易度があがります。私が採取した資料から、運良く犯人のDNA型が判明しました。しかしデータベースでヒットしません。
そんな中、捜査員の地道な捜査で犯人と思われる人物が浮かび上がりました。数々の捜査の上、その人物のDNA型と私が採取したDNA型が一致し、犯人の特定につながったのです。
鑑識としてのプライドもありましたから、一致したと連絡があったときは「よかった」と心から安堵したのを覚えています。
この事件は鑑識だけでなく、捜査員のちょっとした気づきや経験で無事、犯人は逮捕されました。
鑑識は「静かな闘い」を続ける仕事
鑑識の仕事は、派手なアクションもなければ、スポットライトを浴びることも少ないかもしれません。
しかし、最も真実に近い場所で、事件と向き合い続ける仕事でもあります。
警察官に憧れている人、刑事ドラマが好きな人には、ぜひこの鑑識のリアルを知ってほしいと思います。
鑑識は現在の捜査に欠かせない存在です。その一つひとつの作業が、被害者のため、社会のためにつながっています。



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